フィリピンの若者の社会参画は促進されるか?―フィリピンの青年組織の改革について


フィリピン、バランガイ青年組織サングニアン・カバタアン改革

 

フィリピンの若者の社会参画が促進化されるか?

 

フィリピンの人口の成長率右肩上がり。フィリピン国家統計局によると2015年8月には、人口は一億人を超え、100,981,437人(Philippine Statistics Authority. 2017)となりました。年齢別の人口をみると0から4歳、5から9歳のグループの人口が最も多く双方ともに全体の10.7パーセントを占めており、年齢の中央値は24.3歳と若いです。

 

若いフィリピンの人口の意思表明のための機関としての青年組織、サングニアン・カバタアンの存在意義はこれから益々重要性を増してくるでしょう。しかし、これまでサングニアン・カバタアンは縁故主義、汚職などの数々の政治組織特有の問題と無縁ではなく、本来の機能である若者の政治参画の意義は形骸化していました。

 

若者人口の増加という時代的背景とこれまでの組織・構造的問題を踏まえ、アキノ大統領時代の2016年共和国法10742号によりサングニアン・カバタアンに関する法の改正が行われました。

これによってサングニアン・カバタアンがその本来の機能である若者の地方政治への参画を促進させ、若者がリーダーとして訓練される場として機能していくこと、地域社会への活性化期待を寄せられています。

 

今回、その共和国10742号とその法律の背景となった諸問題に焦点をあて、法改定が若者の社会参画を促進し得るのかについて検証します。

 

 

1.    サングニアン・カバタアンとは?

 

サングニアン・カバタアンは(Sangguniang Kabataaan)は通称(エス・ケー)SKと呼ばれる、バランガイに属する青年組織です。フィリピンの政治の最小単位であるバランガイは2千人以上の住民により構成されています(都市部においては5千人以上)。

役員は選挙によって選ばれ、それら役員たちにより自らのコミュニティの計画を行い、必要とする開発事業を手掛け、その他の問題等に対処し、住民の集合的意思を表現できる期間です。その中のサングニアン・カバタアンは、若者の成長を促し、経済・社会・政治的参画できる場として機能しています。

 

1991年の地方自治法(共和国法7160号)[1]の成立によって再編成され (Balanon et tal. 2007.p23) コミュニティレベルでの若者の活動に対して指導的役割を担います。そのメンバーは、選挙によって選出されます。

 

 

2.    サングニアン・カバタアン改革の背景

 

サングニアン・カバタアンは若者を意思決定機関の一部に参画させるという極めて先進的な組織です。組織結成の目的は高く評価される一方で、縁故主義、汚職、組織結成目的を達し得ない理由となる構造的弱さ、評判は結成当初から決してよいものではありませんでした。

 

1) サングアニン・カバタアンの前身、カバタアン・バランガイ

 

サングニアン・カバタアンの前身はカバタアン・バランガイ(kabataang barangay)と呼ばれる組織です。マルコス大統領戒厳令時代の1975年、若者のコミュニティ開発への参画を促し、市民化教育を促進し国家建設に若者を動員するという高らかに掲げた目標のもと15から21歳の若者を対象として組織されました。

しかし、これはマルコス大統領の考える「市民化」をすすめ、独裁を強固なものにするために使われた権力保持のための道具となりました。その左証のひとつは1977年にその会長にマルコス大統領の娘、エイミー・マルコスが就任したことです。

 

エイミーはこれによって政治活動を開始しました。明らかな縁故主義に批判の声を上げた当時マプア工科大学の学生アルキメデス・トラヤノ(Archimedes Trajano)は、後日遺体で発見されました。その遺体には拷問の跡があり、9年後同事件は被害者遺族によってアメリカ合衆国ハワイ高裁で争われ、被害者遺族が勝訴しています(2016. Robles)。

しかしながら、外国での法廷の判決に強制力はなく、判決時に言い渡された賠償金は被害者家族に支払われていません。

 

こうして、縁故主義とそれを批判した若者の死によってカバタアン・バランガイという組織は始まり、マルコス独裁政権が解体されるまで続くことになります。最終的には1991年の地方自治法(共和国法7160号)で再編されました。 

 

2) サングニアン・カバタアンの組織化

 

マルコス後のアキノ政権時、1991年に地方自治、地方分権、説明責任、政治参画が柱とした、地方自治法(共和国法7160号)が公布されました。

 

サングニアン・カバタアンの権限と機能は、同法の地方行政規約の規則3, 1章、第8条、431項に明記されている[2] 以下8つの項目です。

(a)バランガイの若者たちの目的をこの規範の適用規定に従って実行するための必要な決議を公布すること。

(b)メンバーの社会的、政治的、経済的、文化的、知的、道徳的、精神的、身体的発達を高めるためのプログラムを実施する。

(c)資金調達活動を行い、その際得た収益は非課税となり、サングニアン・カバタアン一般予算として追加される。但しその充当に際し、当該活動が特定の目的を充足させるものとする。

(d)そのプログラムおよび活動を効果的に実施するために必要と考えられる機関または委員会を組織する。

(e)バランガイにおける青少年の生存と発展のためのプロジェクトと活動について、バランガイ議会に年次報告と期末報告を提出する。

(f)政策立案とプログラム実施のためにバランガイのすべての青少年組織に相談し調整する。

(g)国レベルでの青少年開発プロジェクトおよびプログラムの実施のための適切な国の機関と調整する。

(h)サングアン・バランガイが法律または条例により決定または委任できるその他の権限を行使し、その他の義務および機能を実行すること。

 

サングニアン・カバタアンの議長と議会のメンバーは選挙によって選ばれます。他のバランガイ役員と同じく任期は3年です。

候補者は、15歳以上で21歳以下のフィリピン国籍者、フィリピンの公用語(英語・フィリピノ語)あるいは地方の言語での読み書きが可能であること、そして一年以上選出地となるバランガイに居住していること。サングニアン・カバタアンは、議長(1名)と役員(7名)、出納官と書記官の一名ずつの合計10名により構成されています。

 

サングニアン・カバタアンの議長はバランガイ評議会の構成員であり、その政治機能に組み込まれ、他のバランガイ役員と同様の義務と権利を有しています。(423から424項)

 

サングニアン・カバタアン議会のメンバーは、(国公立の大学、あるいは職業訓練校に通うための)奨学金が給付されるほか、小額ながらも手当があります。議長においては、上記の通り他のバランガイ評議員と同じく賞与があり、旅費、諸手当もあります。役員の手当てはバランガイの規模によって異ります。

 

また、町(ムニシパリティ)あるいは市のもとにある全てのサングニアン・カバタアンの議長の中から更に代表が選ばれます。その代表は、町(ムニシパリティ)あるいは市の他の評議員と同等の権利と義務を有します。

同様にして、州の元に居る市のサングニアン・カバタアンのうちの一人が州代表として選ばれ、最終的には国レベルでの代表が選出され、若者の声が地方から国政レベルで反映されるようにデザインされています。

 

3) サングニアン・カバタアンへの評価

 

サングニアン・カバタアンは年齢制限があるためにその役割やインパクトが社会的に認知されづらいのが現状です。縁故主義、汚職、計画力とその実行力の不足、組織が効率的に運営されていない等の問題も指摘されて久しいですが、肯定的な評価も認められます。

 

サングニアン・カバタアンの連合組織により有効な条例が公布され、また若者やコミュニティに引益する決議が可決されています。未成年者の夜間外出時間の制限、自転車道、化学廃棄物を投棄する施設の制裁など。

また、組織の目的と同時に若者たちの関心事である、雇用に結び付くトレーニングを他の関連団体、フィリピン労働雇用省技術教育技能教育庁(TESDA)やNGOなどと協力しながら実施した事例もあります(2007. Balanon et tal. p34)。

 

 

3.    サングニアン・カバタアンの改革の必要性

 

改革の必要性は若者人口の増加など社会環境による外部から要請と、これまでこの組織が抱えてきた組織内部の問題を解消する必要性から出てきています。特に組織の内部の問題を解消することは急務です。

バランガイリーダーたちの適切なサポートやサングニアン・カバタアンのメンバーのリーダーシップによって、若者のニーズに応えプロジェクトを実行し、効率的な組織運営を行っている上記のようなケースもありますが、多くはその運営に課題を抱えています。

それらの課題は互いに関連し合っており、多様な対策と組織の整備が必要なことが伺えます。

 

・資源の不足

計画をたてて実行できる資金、そのための人材の不足。バランガイの予算の不足によりサングニアン・カバタアンの計画したプロジェクトの実施ができないのです。またバランガイの長からの承認を得られず、プロジェクト実施のための予算を得ることができないというケースも。

 

議長を含めたサングニアン・カバタアン役員の経験と能力の不足。内務・地方政府省(Department of the Interior and Local Government)と国際連合児童基金(UNICEF)のレポートによると、規範の適用規定に従って実行するための必要な決議を公布、若者のためのプログラムを計画・実施し、報告書を提出し、構成員たちと協議の場をもつ能力が欠如しています(2007. Balanon et tal)。

さらに、役員の職務遂行に影響を与えているかは不明ですが、組織の構成員が運営のために家族と過ごす時間や勉強に費やす時間を犠牲にしていると感じており、職務を負担に思う構成メンバーもいます。

 

・汚職・縁故主義

サングニアン・カバタアンメンバー自身の汚職行為や他のバランガイ役員たちの汚職を目にすることで汚職に対する抵抗が低減します。

また、スポンサーシップなどで得たプロジェクト費が往々にしてバランガイキャプテンによってサングニアン・カバタアンの議長に分配されるという汚職のシステムがあることが報告されています(2007. Balanon et tal)。

サングニアン・カバタアンの議長は他のバランガイ評議員と同様の権限を与えられているため、政治一族の子弟が政治家の登竜門として利用するケースもみられます。

そのため地方の権力者の子弟がその位置に就くことが多く、バランガイの長と数人の役員、そして若者の組織までが一族によって占領されるということは稀ではありません。

 

・組織の存在目的と実施プロジェクトのかい離

地域若者の発達を高めるためのプログラムを実施することを組織の目的としていますが、フェスティバルやダンス・美人コンテストなどその計画と実施するプログラムに偏りがあることが指摘されています。

若者の関心が高い、教育、能力形成のためのトレーニング、健康、生計向上、反・麻薬に関するプログラムについて計画・実施されている件数は少ないです。

 

特定の問題に焦点を当てたプログラム作りには、専門性が必要であるため関連団体との連携が不可欠です。これらの点から、サングニアン・カバタアンメンバーの指導力および他の関連団体と連携していくためのノウハウなどが不足しているという点も見逃せません。

 

 

4.    サングニアン・カバタアン改革の内容

 

サングニアン・カバタアンの改革が議論され、2016年1月15日に法律として制定されました。

改革には大きく以下の5つの点が含まれ、それらは多いに上記に挙げた問題に応え得るものといえるでしょう[3]。候補者年齢の引き上げ、反・政治一族、経済的独立、地域若者開発協議会(ローカル・ユース・デベロップメント・カウンシル)の組織化、トレーニングの義務化などです。

 

1)     候補者年齢の引き上げ

 

候補者年齢は選挙時に18から24歳であること。サングニアン・カバタアンは契約書に署名をすること。これにより公金の使用に対して以前にまして責任がより求められます。改訂法の前は、15歳から21歳でした。

 

2)     反・政治一族

 

反・政治一族という観点から、政治家(全国・市町・バランガイレベル)の2親等以内の家族は立候補ができません。

 

3)     経済的独立

 

バランガイの一般歳入から10パーセントをサングニアン・カバタアンに。これは若者開発・育成のために支出されること。したがって、このバランガイ・カバタアンの予算はバランガイの元ではなくバランガイ・カバタアンの独立した資金として管理されます。

 

4)     地域若者開発協議会(ローカル・ユース・デベロップメント・カウンシル)

 

地域若者開発協議会を組織すること。バランガイの若者団体の代表によって構成される地域若者開発協議会が、サングニアン・カバタアンのプロジェクトの計画と実施をサポートします。

 

5)     トレーニングの義務化

 

サングニアン・カバタアンの役員はその職務に就く前にトレーニングへの参加が義務付けられます。

 

 

5.    改革で何が期待されるのか?

 

改革がニュースとなることによって今まで若者層、しかも政治や地域の開発に関心のある若者以外にその内実を知られてこなかったサングニアン・カバタアンが再度注目を浴びたことの意義は大きいと言えます。

そして5つの大きな改革の柱は、サングニアン・カバタアンの抱えてきた問題を改善させることが期待されます。

 

1)候補者年齢の引き上げと5)トレーニングの義務化

 

候補者年齢の引き上げは、現在フィリピンで導入され12年生の教育システムと連動し、フィリピンでの法廷年齢にも達しています。年齢の引き上げによって法的責任が問われる成人が候補者として条件となったこと、トレーニングの義務化により、組織の目的を遂行する能力を向上させる可能性があります。

特に問題点として指摘されている、報告能力の不足、若者のニーズにあったプロジェクト策定の欠落を補うことが期待されます。

 

2) 反・政治一族による独占と 3) 経済的独立との関連

 

反・政治一族を法に明記したことはフィリピンにおいて初です(2015. Aquino)。政治一族といわれる有力な一族がバランガイレベルから全国的レベルで政治役職を占拠し、その地域に強い影響を与えてきました。

一例として現大統領の出身地域であるダバオの市長は現大統領の娘、副市長は現大統領の息子であるが、こうした構造はフィリピン全体によく見られます。そのため、これまで反・政治一族という視点を法律に盛り込むことは、そうした政治家から多くの反対を招き、国政のみならず地方行政の点でも困難でした。

 

それらの背景を鑑み、反・政治一族法の明記はサングニアン・カバタアンという地方行政に影響力が大きくない限られた役職においてのものであっても画期的です。

 

独立した予算を管理することでより責任が求められますが、これによって予算執行の観点においてバランガイの長の影響を最小限に団体の予算を若者が裨益するプロジェクトを実行しやすくなることが狙いです。

 

4)     地域若者開発協議会(ローカル・ユース・デベロップメント・カウンシル)

 

地域若者開発協議会の結成はこれまで地域の若者を束ねる力の欠落を補い得ます。

また、これまでコミュニティに存在していたが認識されなかった団体が認識され、よいプログラムを実施していれば、それらに対しての予算的配慮もされることになります。

 

まとめ

 

フィリピンに若者が開発に参画できる組織、サングニアン・カバタアンが存在していることはとても先駆的です。その存在は法律によって定められ、政治組織に組み込まれ、若者のリーダーシップを育成する場として機能してきました。

しかし、サングニアン・カバタアンが誕生して25年、前身の組織から数えると40年以上の間、様々な問題を抱えバランガイレベルから全国レベルのサングニアン・カバタアンの多くがその目的を完全に果たし得ることができずにおり、また意識のある若者を政治や社会参画から結果的に遠ざけてきたことは上記で述べた通りです。

 

2015年の改革は法の改訂であり、「枠組み」を再編することで、本来の機能を果たし得るよい土台ができたと言えるのではないでしょうか。

特筆すべきは反・政治一族条項が盛り込まれたこと。政治一族に独占されないバランガイレベルでの政治の実現には、さらなる取り組みが必要ですが、大きな一歩出あることには違いありません。

縁故主義や汚職による機能不全を免れることが期待されます。

 

また年齢層の引き上げにより、法的責任を有した若者が意思決定に関わるようになります。経済的にも独立しバランガイからの影響が最小限となり、役員たちの責任は非常に大きいですが、よい計画がよりよい実を結ぶ仕組みといえます。

 

着任前にしっかりとトレーニングを受け、着任後はさらに経験値を上げたそれらの若者がリードしていく社会が10年後あるいは20年後に見られるでしょうか。

若い人口を代表するサングニアン・カバタアンの重要性がますます増してくることが期待されるため、法改正のインパクトについては法の施行から数年のスパンで、まとまった調査を行う必要があるでしょう。

 

 

参照文献・ウェブサイト・ニュース

Balanon et tal. (2007). The Impact of Youth Participatio in the Local Government Process, The Sangguniang Kabataan Experience

Ladia, Charles. (2015).Why the Sangguniang Kabataan needs an overhaul. Rappler

Retrieved from https://www.rappler.com/move-ph/ispeak/70347-sangguniang-kabataan-needs-overhaul

 

Michael Bueza.(2014). SK reforms to bring us back to Kabataang Barangay? Rappler, retrieved from

https://www.rappler.com/nation/40508-sk-reforms-hearing-kabataang-barangay

 

Paolo Benigno Aguirre Aquino IV. (2015). FAQs: Sangguniang Kabataan (SK) Reform Act of 2015.

Retrieved from http://www.bamaquino.com/faqs-sangguniang-kabataan-sk-reform-act-of-2015/

Paolo Benigno Aguirre Aquino IV. (2015). Bam: SK Reform with First Anti-Dynasty Provision Passed on Bicam. Retreived from

http://www.bamaquino.com/bam-sk-reform-with-first-anti-dynasty-law-passed-on-bicam/

 

Philippine Statistics Authority. (2017). Philippine Population Surpassed the 100 Million Mark (Results from the 2015 Census of Population).Retrieved from https://web0.psa.gov.ph/content/philippine-population-surpassed-100-million-mark-results-2015-census-population

 

Raïssa Robles.(2016). OPINION: Imee Marcos told US court – yes, Archimedes Trajano was tortured and killed but it's none of your business. Retrieved from

http://news.abs-cbn.com/opinions/11/16/16/opinion-imee-marcos-told-us-court-yes-archimedes-trajano-was-tortured-and-killed-but-its-none-of-your-business

[1] AN ACT PROVIDING FOR A LOCAL GOVERNMENT CODE OF 1991. http://www.lawphil.net/statutes/repacts/ra1991/ra_7160_1991.html参照

[2] THE LOCAL GOVERNMENT CODE OF THE PHILIPPINES

BOOK III.LOCAL GOVERNMENT UNITS.TITLE ONE. - THE BARANGAY, CHAPTER 8 - SANGGUNIANG KABATAAN, Section 426.

Retrieved from http://www.dilg.gov.ph/PDF_File/reports_resources/dilg-reports-resources-2016120_5e0bb28e41.pdf

[3] RULES AND REGULATIONS IMPLEMENTING REPUBLIC ACT NO. 10742, OTHERWISE KNOWN AS THE “SANGGUNIANG KABATAAN REFORM ACT OF 2015”